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東京地方裁判所 平成9年(ワ)10323号 判決

原告

田口美奈子

右訴訟代理人弁護士

石川正明

森徹

被告

ゴールドマン・サックス・ジャパン・リミテッド(証券会社)

右日本における代表者

石原秀夫

右訴訟代理人弁護士

福井富男

内藤潤

滝川佳代

右当事者間の地位確認等請求事件について、当裁判所は、平成一〇年一一月六日に終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金六五九万五〇〇〇円及び内金一五九万五〇〇〇円に対する平成八年一二月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員、内金五〇〇万円に対する平成八年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

三  被告は、原告に対し、平成八年一二月一日から毎月二五日限り各金三五万四四四四円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を各支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  第二項ないし第四項につき仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、「勤務成績または勤務状況が不良でかつ改善の見込みが乏しいかもしくは他人の就業に支障を及ぼす等現職または他の職務に適さないと認められた場合」に該当するとして被告を普通解雇された原告が、解雇事由はない、仮にあったとしても解雇権の濫用であり解雇は無効であるとして、被告に対し、労働契約上の地位の確認並びに給与、賞与及び不当解雇による慰謝料の各支払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

被告は、英国領バージン諸島を本店所在地とし、日本国内においては、東京及び大阪に営業所を有する証券会社である。

原告(当時、新川美奈子)は、平成四年六月一五日、被告に、人事部勤務のアドミニストレーティブ・アシスタントとして雇用された。なお、原告は、給与体系の区分上、超過勤務手当がつき、夏期及び冬期ボーナスを支給されるノン・エグゼンプト社員であった。

2  原告の職務内容

原告が担当していた職務内容は次のとおりである。

(一) 正社員の採用に関する業務

(二) 契約社員・派遣社員の募集、決定及びマネジメント(ただし、最終的な決定権限はない)

(三) 外務員登録に関する業務

(四) 米国外務員登録/試験に関するニューヨーク本社との連絡

(五) 関係各省庁、行政機関等に対する報告書の作成、提出

(六) 毎月の社員名簿の作成、年四回程度の社内組織図の作成

(七) 人事異動及び社員の住所変更・結婚・出産に関する変更申請書類の受領、処理、これらの情報の人事システムへの入力

(八) 新入社員(新卒、中途採用を問わず)の入社手続、人事システムへの登録及びオリエンテーションの手配

(九) 慶弔金の支払及び弔電・祝電の手配

3  別紙通知書の交付

当時原告の上司であった服部修人事部長(以下「服部部長」という)は、平成八年九月一二日、別紙通知書を原告に交付した。

4  解雇

被告は、平成八年九月二四日、原告に対し、原告には別紙通知書記載の各事実があるところ、これらは解雇事由を定めた就業規則一三条三項の「勤務成績または勤務状況が不良でかつ改善の見込みが乏しいかもしくは他人の就業に支障を及ぼす等現職または他の職務に適さないと認められた場合」に該当するとして、原告を解雇する旨の意思表示をした。

5  原告の給与等

(一) 解雇前三か月の原告の基本給の平均は、月額三五万四四四四円であり、支払日は毎月二五日である。

(二) 被告は、毎年一一月三〇日当日在籍しているノン・エグゼンプト社員にファームボーナスを支払っている。平成八年も一二月一四日に、人事部のノン・エグゼンプト社員に対し年俸の二五パーセントが支払われた。原告の年俸は六三八万円であり、その二五パーセント相当額は一五九万五〇〇〇円である。

二  当事者の主張

(原告)

1 解雇事由の不存在

以下に述べるとおり、被告の主張する事実は、いずれも事実を歪曲し、もしくは針小棒大に表現したもので、到底就業規則一三条三項には該当しない。入社後の原告の昇給率は平均よりも若干高めで、勤務成績や状況は平均を上回るものであり、平成七年一一月に実施されたアニュアル・パフォーマンス・エバリュエーション(年次勤務成績/状況評価)では、多数の同僚から、職責に求められている水準に達しているとの評価をされていた。入社後平均以上の昇給を受けてきた原告が、突如、平成七年一二月を境に、勤務成績や状況が悪化するというのは極めて不自然である。

(一) 別紙通知書1a記載の事実について

A氏(経営管理室社員許斐桂子)の昇給額を記入したECN(変更申請書類)の三枚目(提出者控え)を一般封筒で同部の福島治子に送付した事実は認める。

問題は、福島宛の封筒であるのに、これをB氏(スペシャルイベント部の斎藤美代子)が開封した点にある。また、そもそもこの件の発端は、福島が右ECNを原告に送付する際、本来ならば、三枚目を切り取って自分の手元に残す必要があったのに、これを怠った点にある。そのため、原告は三枚目を福島宛に一般封筒にて返送したのである。また、実害があったのか不明である。

(二) 別紙通知書1b記載の事実について

否認する。当該社員(金融先物部の菊池眞帆)は、かねてから原告に対し、転職すべきかどうか迷っている旨相談していたが、転職の是非を判断すべく、同部のマネージャー山下に、自分が今辞めても大丈夫かどうか尋ねた。これを聞いた山下は菊池が辞めるものと思い込み、他の者に相談したところ、更に話を伝え聞いたアドミニストレーター行徳好見が、菊池のポジションが空席になると思い込み、その補充のために、原告に社内公募のアナウンスをするよう依頼した。原告は、社内公募のアナウンスをするに先立ち、菊池に転職を決めたのかどうかを確認したところ、菊池は自分の言葉が誤解されていることに驚き、山下に釈明した。その結果誤解が解け、社内公募のアナウンスは取りやめになった。以上が事の真実である。この件は、むしろ、原告以外の人間が早合点したため、自ら騒ぎを大きくしたにすぎないものである。

(三) 別紙通知書1c記載の事実について

服部部長から提示を求められたファイルをその場では提示できなかったことは認める。しかし、すぐにファイルの所在場所を伝達しており、何ら業務に支障を生じていない。

(四) 別紙通知書1d記載の事実について

事実は概ね認める。本来、人事部員平幸子が所管すべき案件であったが、偶々原告が同人に代わって受領、保管していた。平から要請された際、即座には渡せなかったが、後刻渡しており、何ら問題は生じていない。なお、渡した外国人登録証のコピーは、当初当該外人社員(アンドリュー・ミルナルチック)から受領したものであって、同人から再度取得したものではない。

(五) 別紙通知書2a記載の事実について

否認する。被告においては、各部の採用担当者が社員雇用の決定権限を有しているところ、採用に当たって実質的な年齢制限を行っていた。原告は、ピーター・ヴァン・ドーヤウェールトから、同人の知り合いの女性が入社を希望していることを伝えられた際、各部の採用の現状とその女性の採否の見通しを述べ、難しいとの忠告をしたまでである。

(六) 別紙通知書2b記載の事実について

事実は概ね認めるが、「東京ではチェックできない」と答えたことはない。毎年一二月は異動が多く、ニューヨーク本社で人事システムが整備されないうちは東京から入力できないシステムになっている。そのため原告は、ニューヨーク本社から入力可能になったとの指示を待っていた。越年してようやくニューヨーク本社からデータ入力の完了を示す書類が原告宛に届いた。そのため原告は、当然当該異動のデータの入力は既に完了したものと思っていたが、四月になり、当該異動データは入力が完了していなかったことが判明した。四月は新入社員の登録業務に忙殺され、その結果、本件異動データの入力が遅れた。

(七) 別紙通知書2c記載の事実について

事実は認める。原告が他の業務に忙殺されていたため、服部部長が自発的に原告の業務を代行したのである。

(八) 別紙通知書2d記載の事実について

事実は概ね認める。原告は、人事部員の個人データには直接アクセスできない立場にあったため、服部部長に回答を依頼したものである。

(九) 別紙通知書2e記載の事実について

ミーティングを開催することは当日になって一方的に通告された。原告は、一三時に来客の予定があり、あらかじめ服部部長にその旨を断っている。

(一〇) 別紙通知書3記載の各事実について

各事実は概ね認めるが、頻度が高いかは不明である。

(一一) 別紙通知書4a記載の事実について

被告の主張は極めて根拠薄弱である。被告が提出した証拠を前提にしたとしても、一部を除けば数分程度の遅刻である。また、被告はタイムレコーダーによる出退勤時刻の時間管理を行っていないなど管理が厳密ではないし、原告の職務内容は独立性が強く、他の同僚との協同性が低いから、数分程度の遅刻が他人の就業に支障を及ぼすこともない。

(一二) 別紙通知書4b記載の事実について

否認する。

(一三) 別紙通知書4c記載の事実について

上司の指摘に対し、タイムレコーダーの導入を主張したことがあることは認め、その余は不知ないし否認する。

(一四) 別紙通知書(1)a記載の事実について

否認する。平成八年に入ってから、債券部を始め多くの部から多数の退職者が出たのは周知の事実であり、債券部の社員であれば、わずか八〇~九〇名の部員のうち、十数名が退職したことは当然知っていることである。

(一五) 別紙通知書(1)b記載の事実について

否認する。

(一六) 別紙通知書(2)a記載の事実について

これは、原告の担当業務ではない。原告は、服部部長にその旨きちんと断っており、同部長もそのことは十分に知悉していた。担当外業務に関し尋ねるのであれば、知りたい事項を口頭又はメモで尋ねれば足りるのに、同部長は、英語のメイルを右から左に流した。原告は、担当外の自分に対し、回答が求められるということ自体に不可解さを感じ、これを警戒して回答を回避するのは至極当然のことである。なお、当該情報は誰もが簡単にわかる情報である。

(一七) 別紙通知書(2)b記載の事実について

否認する。原告の手元に届いたのは退職届のコピーで、原本は原告の手元には届いていない。社内の手続上、原本は人事部長の元に送られることになっており、原告の手元にあったコピーにより、給与グループの業務に支障が生じたということは、到底考えられない。

(一八) 別紙通知書(2)c記載の事実について

ECNを閲覧場所に備置しなかったことは認めるが、それによる業務への支障は否認する。ECNの処理は、週一度毎週木曜日に行われる。そして、その際、情報はシステムに入力され、コピーは所定のスタッフに配付されるという取扱いである。

(一九) 別紙通知書(2)d記載の事実について

入社予定者から資料の督促があったことは認める。入社書類には、英文と和文の二種類があり、英文の書類はニューヨーク本社で作成していた。原告は、常に英文の入社書類を一〇セット程度在庫として持っていたが、丁度この時期は、中途採用の決定が相次ぎ、また、夏期のみ準社員として勤務するサマーアソシエイトの入社が相次ぎ、十分なはずの在庫も不足したのである。英文の入社書類は、大抵の場合、ニューヨーク本社に要求すれば、すぐに送付されてくるのであるが、この時は、何らかの理由で送付されてくるのが遅れた。原告は、二、三度ニューヨーク本社に督促をしたが、結局間に合わなかったため、入社予定者からの督促となったのである。この事情は、服部部長にも逐一説明している。

(二〇) 別紙通知書(2)e記載の事実について

入力スクリーンの内容を給与グループに渡すよう指示されたことは認めるが、それを渡さなかったために催促されたことはない。これに関連する作業(新システムの開発)は遅々として進んでおらず、時間ができたら逐次作業にとりかかるという性質の仕事であった。

(二一) 別紙通知書(2)f記載の事実について

資料のチェックを依頼されたことは認める。しかし、原告は、これに対し、「部長の回答の内容で宜しいと思います」と回答しており、「何回も指示したのに返事がなかった」という事実はない。

(二二) 別紙通知書(2)g記載の事実について

処理の遅延の理由は、ニューヨーク本社の対応の遅さと、服部部長のチェックの不正確さに起因する。

(二三) 別紙通知書(2)h記載の事実について

否認する。(書証略)は、マシル・チョンに引き継がれ、同人が在任中に処理されるべきであったことについてのものであり、この処理の遅れをもって原告を問責することはできない。

(二四) 別紙通知書(2)i記載の事実について

内容が不明である。

(二五) 別紙通知書(2)j記載の事実について

否認する。被告は外国企業であり、どのような職種でも多少の英語の能力が要求される。まして株式部は、求人に際して必ずバイリンガルであることを要求する部門である。そのことを熟知している原告が、「英語はいらない」などと指示することはない。

(二六) 別紙通知書(3)記載の事実について

入力ミスがごくたまにあったことは認める。頻度としては、ごく稀であり、これにより業務に支障を来すことはなかった。

(二七) 別紙通知書(4)記載の事実について

前記(一一)のとおりである。

(二八) 別紙通知書(5)a記載の事実について

平成八年七月一二日のアドミニストレーター・ミーティングの日程を知らされなかったことを抗議したこと、通常の会話より大きな声であったこと、同日のミーティングの日程が、同月二日の人事部ミーティングで決められたこと、原告が二日のミーティングを欠席したことは認める。しかし、欠席は私用のためではなく、他の業務が多忙なため、そちらを優先させた結果である。

(二九) 別紙通知書(5)b記載の事実について

GSRealtyの社員の異動の件で、「『これはPendingである』とはっきり指示してくれなければ困ります」と抗議したこと、通常の会話より大きな声であったこと、服部部長から、もっと小さな声でと指示されたこと、原告が「これは地声です」との趣旨のことを言ったことは認め、その余は否認ないし不知。この件は、服部部長が伝達すべき事項を、故意か過失か伝達してなかったことに起因するものである。したがって、責任感の強い社員がこれに抗議することは、会社の業務遂行に対する態度としては、決して非難されるべきことではないはずである。

(三〇) 別紙通知書(5)c記載の事実について

原告が服部部長に抗議をしたことは認める。契約社員の登録に必要な書類が不備なまま送られると、再度何が足りないかを調べて不足分を送付するなどかえって二度手間となるばかりか、送付された方も混乱する。そして、何よりも人事部自体の事務処理能力につき社内評価が低下するおそれがあり、この非難の矢面に立たされるのは担当者自身である。このような理由から、原告は、服部部長に対し、以上の理由を付して意見を述べたが、この件に関する服部部長の認識は、「出社後簡単に修正できるもの」との安易な認識でしかなかったため、抗議したものである。

(三一) 別紙通知書(5)d記載の事実について

不知ないし否認する。

(三二) 別紙通知書(5)e記載の事実について

否認する。服部部長から、ファイルを要求されたことはあるが、具体的な雇用契約書のコピーをするよう求められたことはない。原告の職務内容は、前記一2のとおりであり、庶務的な雑事を行う職にあったものではない。

(三三) 別紙通知書(5)f記載の事実について

否認する。

(三四) 別紙通知書(5)g記載の事実について

ファイルを閲覧のため一時借用したことは認め、その余は否認する。

2 解雇権の濫用

仮に解雇事由が存在したとしても、いずれも極めて些細な事柄であり、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に該当し、解雇権の濫用として無効である。

3 支払を求める金員

(一) 平成八年一二月以降月額三五万四四四四円の割合による給与

(二) 平成八年分のファームボーナス一五九万五〇〇〇円

(三) 不当解雇に対する慰謝料五〇〇万円

(被告)

1 解雇事由の存在

原告には、以下の各事実があるところ、これらは被告の就業規則一三条三項の「勤務成績または勤務状況が不良でかつ改善の見込みが乏しいかもしくは他人の就業に支障を及ぼす等現職または他の職務に適さないと認められた場合」に該当する。

(一) 別紙通知書1a記載の事実

重要な人事情報であるECNを一般封筒で送付する行為は、人事情報を粗雑に扱うものとして人事部員にあるまじき行為である。原告の不注意により、人事部外から人事部への信頼の低下、人事部内における原告への信頼の低下を生じた。

(二) 別紙通知書1b記載の事実

問題の所在は、原告は本来人事部員として依頼された職務を遂行すべきであるところ、独自の判断で依頼事項に関する当事者に確認をとり、当事者を巻き込んで、事態を混乱させたことにある。

(三) 別紙通知書1c記載の事実

(四) 別紙通知書1d記載の事実

原告は、ミルナルチックから外国人登録証のコピーを受け取り、それを知った担当者平幸子が、原告にコピーを渡すよう何度か請求したところ、原告は「ひょっとして家へ持って行ったかもしれないので週末に確認する」とのことだった。そして平が週明けに再度原告に確認したところ、「なくしたみたい」との返事であったが、その数日後見つかったとのことで平はそれを受け取った。しかし、そのコピーはミルナルチックが最初に原告に渡したものとは違うものであり、原告が結局コピーを見つけることができず、ミルナルチックに頼んで再度取得したものであったことが確認された。

(五) 別紙通知書2a記載の事実

平成八年四月ころ、債券業務部からの求人について、候補者を紹介した経理部社員ピーター・ヴァン・ドーヤウェールトに対して、同求人においては、年齢による制限があるとの返答をした。

(六) 別紙通知書2b記載の事実

本件におけるデータ入力は、平成七年一二月初めの時点において入力に問題があったが、ニューヨークに電子メイルを送り既存のコードを再開することにより入力可能となっており、原告がかかる対応をとらなかったのが問題の所在である。また、東京の社員に関する情報の入力は東京で行うのが基本原則である。

(七) 別紙通知書2c記載の事実

本件業務はものの一、二分でできる作業であり、他の業務に忙殺されていたということは、正当化の理由にならない。

(八) 別紙通知書2d記載の事実

本件依頼は、人事部員(マシル・チョン)の単なる新住所及び電話番号の確認である。原告は人事部員として社員の住所等のデータの入力、収集を担当していたこと、マシル・チョンは、原告から一人おいた席にすわっていたことから、原告が同人の住所等を全く知ることができなかったということは考えられない。

(九) 別紙通知書2e記載の事実

原告は、何の断りもなく一三時二〇分ころ現われた。

(一〇) 別紙通知書3記載の各事実

他の社員に比べてミスが極めて多い。

(一一) 別紙通知書4a記載の事実

被告は、たとえ一分の遅れであれ遅刻は遅刻であるとしてノン・エグゼンプト社員を管理している。原告の遅刻については、周囲からもクレームがあった。

(一二) 別紙通知書4b記載の事実

(一三) 別紙通知書4c記載の事実

(一四) 別紙通知書(1)a記載の事実

原告は、平成八年七月ころ、債券部の中島靖恵に対し、情報を流したものである。原告の漏洩した退職者の人数については、聞いた者が驚いたと言っており、当時周知の事実であったわけではない。

(一五) 別紙通知書(1)b記載の事実

(一六) 別紙通知書(2)a記載の事実

医療保険に関する職務は原告の担当ではない。しかし、通常業務というものは多岐にわたり、すべての業務について担当は誰と画一的かつ明確に定めることは不可能であり、円滑な業務遂行のためには、他の者との協調が不可欠である。本件情報はファイルに記載されているものではなく、原告のノートに記載されているものであったから、原告に依頼するのが妥当であった。服部部長は、人事部内において日常的に行われている英語のメイルの中の依頼事項に下線を引いてこれをまわすという方法で指示を出しており、その指示内容は明確であった。

(一七) 別紙通知書(2)b記載の事実

退職届の原本は上司宛に提出され、人事部には社内手続上そのコピーのみが送られる。したがって、原告の受領したコピーのみが人事部における本件退職に関する唯一の資料であり、原告がこれを留めておいた結果として、人事部給与グループの業務に支障を来した。

(一八) 別紙通知書(2)c記載の事実

ECNは、平均月二〇通くらいの頻度で発行され、そこに含まれている人事データの変更に関する情報は人事部において非常に重要なものである。そして、原告は、人事ミーティングで指定したECNの閲覧場所にECNを備置しないため、他関係者はECNをチェックする必要がある度に、しばしば原告の後ろのキャビネットの上に積まれているECNや原告のイン・ボックスの中、机の脇の書類等を一々チェックして探すことを余儀なくされ、非常に手間取り、時として見つからないような事態も頻繁に発生していた。このように、原告のかかる怠慢が周囲の関係者に及ぼした迷惑は多大であった。

(一九) 別紙通知書(2)d記載の事実

英文の書類は、ニューヨーク本社にその旨伝えれば、通常二、三日程度で送られてくる。

(二〇) 別紙通知書(2)e記載の事実

(二一) 別紙通知書(2)f記載の事実

原告の回答は、何回も催促された上でのものである。そして、その回答は、反抗的かつ非協力的なものであり、本件作業の主たる担当者の一人としては不適切なものである。

(二二) 別紙通知書(2)g記載の事実

原告が入力すべき北澤のGradeの変更に必要な書類の提出が遅れていたため、服部部長が原告に二回催促をした。その後、さらに平成八年八月三〇日に問い合わせをしたところ、原告より、「もう渡しました」との回答を得た。しかし、その後、北澤のファイルを確認したところ、依頼した必要書類が未処理で入っていた。

(二三) 別紙通知書(2)h記載の事実

請求書は、原告自身のイン・ボックスから出てきたものである。

(二四) 別紙通知書(2)i記載の事実

(書証略)に記載のとおりである。

(二五) 別紙通知書(2)j記載の事実

実際に服部部長のもとには苦情がよせられている。

(二六) 別紙通知書(3)記載の事実

原告によるコンピューター誤入力等ミスは、実際は一〇件である。原告は、僅かな注意で回避できる程度のミスを頻発しており、他社員と比較してミスの頻度が高く、業務に支障を来していた。

(二七) 別紙通知書(4)記載の事実

他部員の遅刻が多くても月一、二回程度であるのに比較すると原告の遅刻の頻度及び度合いは高い。特に平成八年八月当時、原告は警告書を出されている立場にあり、出勤態度において特に自己に厳しいものであってしかるべきことを服部部長が直接原告に確認している。

(二八) 別紙通知書(5)a記載の事実

後日服部部長が原告に人事部ミーティングを欠席した理由を確認したところ、原告は、給与グループのメンバーも出席しないので、出席しなかった、取引所考査のための提出資料を作成する必要があるなどと理由を述べた。しかし、同ミーティングは経理部に属する給与グループは出席しないものであり、また、取引所考査のための資料提出は前もってわかっていたことで、人事部ミーティングの一時間に左右される性質のものではない。

(二九) 別紙通知書(5)b記載の事実

服部部長は、給与グループの谷澤泰子にも同時に同様の指示を与えた。谷澤が指示に基づいて作業を完了したにもかかわらず、同じ指示を与えられていた原告が指示不十分ということで抗議してきたものである。

(三〇) 別紙通知書(5)c記載の事実

服部部長は、あくまでもこれらの必要書類を先方の要請で送付したものである。この書類送付についてたとえミスがあったとしても、原告がクレームの矢面に立つことなどはまったく考えられない。

(三一) 別紙通知書(5)d記載の事実

(三二) 別紙通知書(5)e記載の事実

服部部長が求めたのは、大山葉子の雇用契約書のコピーを渡すことである。

(三三) 別紙通知書(5)f記載の事実

(三四) 別紙通知書(5)g記載の事実

給与グループの中村薫治は、極めて多忙な折に一時間もファイルを探し回ることになり、多大の迷惑を被った。

2 解雇権の濫用について

解雇は正当であり、解雇権の濫用には当たらない。

三  争点

1  解雇事由の存否

2  解雇権濫用の有無

第三争点に対する判断

一  争点1(解雇事由の存否)について

1  別紙通知書記載の各事実の存否

(一) 別紙通知書1a記載の事実について

原告がA氏(経営管理室社員許斐桂子)の昇給額を記入したECN(変更申請書類)の三枚目(提出者控え)を一般封筒で同部の福島治子に送付した事実は当事者間に争いがない。

(人証略)及び弁論の全趣旨によれば、1a記載のその余の事実、及び被告においては、このような個人情報は、通常秘密情報用の封筒に入れて送っている事実が認められる。そうすると、原告の右行為は不適切であったというべきである。

なお、原告が主張する他の者の落ち度は、原告の行為が適切であったかどうかとは直接関係がない。

(二) 別紙通知書1b記載の事実について

(人証略)によれば、1bの事実が認められる。

原告本人は、その主張に沿う供述をし、同人の陳述書(書証略)も同旨であるが、菊池が上司に対し、自分が辞めた場合の影響を尋ねたのであれば、退職の意思が強くなっていたと考えられるのであって、会社が自分の後任の選任に着手したのを知ったからといって混乱が生じるとは考え難い。また、上司としても、本人の意向をよく確認しないまま、後任の選任に着手するとは通常考え難い。したがって、原告主張の経緯であったとは認められない。

(三) 別紙通知書1c記載の事実について

原告が、服部部長から提示を求められたファイルをその場で提示できなかったことは、当事者間に争いがない。その余の事実については、(書証略)(別紙通知書)以外の証拠がなく、同書証の記載のみでは当該事実を認めることができない。

(四) 別紙通知書1d記載の事実について

同事実は、当事者間に争いがない。なお、後日原告が渡した外国人登録証のコピーが、当初原告が受領したものか再度取得したものかは、別紙通知書では問題にされていない(解雇事由の存在を基礎付ける事実とはされていない)。

(五) 別紙通知書2a記載の事実について

証拠(略)によれば、被告は会社としては年齢による採用の制限はしない方針であるが、部署によっては実質的に年齢制限を行っていたこと、債券業務部は平成八年四月ころ行った求人に際し、年齢は三〇歳くらいまでとの条件を付けていたこと、当時人事部では、採用部署から年齢制限を設けると言われてもそれに応じないと取り決めていたが、原告は候補者を紹介した経理部社員ピーター・ヴァン・ドーヤウェールトに電話をし、同求人においては年齢による制限があり採用は難しい旨伝えたことが認められる(原告が債券業務部と希望する年齢のレベルを話し合ったとまでは認められない)。

原告の右発言は、人事部での取決めに反するものである。なお、原告本人の供述及び同人の陳述書(書証略)によっても、原告ピーター・ヴァン・ドーヤウェールトに電話をし、右のように伝えなければならなかった必然性があったとも認め難い。

(六) 別紙通知書2b記載の事実について

原告が「東京ではチェックできない」と答えたこと以外の事実は、当事者間に争いがない。また、(人証略)によれば、高橋からの質問に対し、原告が右のように答えた事実が認められる。

この点についての原告の主張は、入力可能になるのを待っていたとの前段部分と、入力が完了したと思っていたとの後段部分が整合しておらず、採用できるものではない。この点、原告本人は、最終的にニューヨーク本社のほうで入力すると言われたので書類一式を送ってあったと供述するが、従前の主張及び陳述書(書証略)にもなかったものであり、たやすく信用できない。

(七) 別紙通知書2c記載の事実について

同事実は、当事者間に争いがない。遅れた理由についての原告の陳述書(書証略)の記載は具体的でなく、締切日から九日経っても着手できないことを正当化できるほど多忙であったと認めることはできない。

(八) 別紙通知書2d記載の事実について

同事実は、当事者間に争いがない。

証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、本件依頼は、人事部員(マシル・チョン)の新住所及び電話番号の確認であること、原告は人事部員として社員の住所等のデータの入力、収集を担当していたこと、マシル・チョンは、原告から一人おいた席にすわっていたことが認められる。したがって、原告が同人の住所等を知ることができなかったとの原告の主張は採用できない。

(九) 別紙通知書2e記載の事実について

同事実(記載されている事実自体)は、当事者間に争いがない。

原告は、一三時に来客の予定があり、あらかじめ服部部長にその旨を断っていると主張し、同人の陳述書(書証略)は、これに沿う内容となっている。しかし、これによると、服部部長が一三時と言い、これに対し原告が来客があると答えているのに、どのように時間を調整するかの話し合いがないまま会話が終わっていることになり不自然である。したがって、陳述書は信用できず、主張は採用できない。

(一〇) 別紙通知書3記載の各事実

個々の事実については、当事者間に争いがない。

(書証略)によれば、原告は、平成七年一一月に実施されたアニュアル・パフォーマンス・エバリュエーション(年次勤務成績/状況評価)でも、細部に対する注意が必要、不注意なミスがしばしばみられるとの評価を受けていたことが認められる。これらの事実に照らすと、原告は、他の社員に比べて職務上のミスの頻度が高いと認められる。

(一一) 別紙通知書4a記載の事実について

証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、4aの事実が認められる。

なお、(書証略)が、自己申告によるものであること、時間外手当算出のためのものであって、遅刻等のチェックのためのものではないことは、原告本人も尋問の際認めているところであり、出勤時間が服部部長によって訂正させられていないからといって、遅刻の事実がないということはできない。また、原告が主張する被告の管理が厳格でないことや原告の職務内容の独立性といった点は、遅刻を正当化する理由とはならない。

(一二) 別紙通知書4b記載の事実について

証拠(略)によれば、4bの事実が認められる。

この点につき、原告の陳述書(書証略)には、本来書面を作成すべき曽川が外出先から戻り、「私がやりましょう」と申し出てくれたため、(書証略)を作成した旨の記載がある。しかし、そうであれば、「また間違えるといけませんので」と記載する必要はないし、「曽川さんに頼んで下さい」という記載の仕方も、曽川が既に自ら申し出ていることとは両立し難い。したがって、原告の陳述書は信用できない。

(一三) 別紙通知書4c記載の事実について

証拠(略)によれば、人事部マネージャー遊佐から依頼された郵便の差し出しが遅れたことについて、「いつまでに出すようにとは聞いていません」という自己弁護的発言をしたこと、原告の電話がボイス・メイルにしたままにしていたため遊佐が電話の応対をせざるを得なくなり迷惑を被ったことがあること、給与グループの職員からも、原告の職務のやり方について苦情があったことが認められる。原告の陳述書(書証略)は、右の限度での認定の妨げにはならない。

遅刻に関する事実のうち、上司の指摘に対し、タイムレコーダーの導入を主張したことがあることは、当事者間に争いがない。原告が遅刻に対する反省の態度を示さなかったことは、弁論の全趣旨より明らかである。

(一四) 別紙通知書(1)a記載の事実について

(人証略)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成八年七月ころ、債券部の中島靖恵に対し、(1)a記載の情報を流したと認められる。退職者全体の人数が周知のものでないことは、原告も本人尋問の際認めているところである。

(一五) 別紙通知書(1)b記載の事実について

同事実については、(書証略)(別紙通知書)以外の証拠がなく、同書証の記載のみでは当該事実を認めることができない。

(一六) 別紙通知書(2)a記載の事実について

証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、(2)aの事実が認められる。

原告は、医療保険に関する職務は原告の担当でないと主張し、この点は当事者間に争いがない。しかし、原告の主張によっても、原告も容易に回答できる内容であったというのであるから、上司から命ぜられた以上、他に特段の事情がない限り、原告において速やかに回答するべきである。また、英語のメイルの中の依頼事項に下線を引いてこれをまわすという服部部長の指示内容が不適切であるとまでは言えず、回答を回避した理由についての原告の主張は妥当なものであるとは認められない。

(一七) 別紙通知書(2)b記載の事実について

同事実は、弁論の全趣旨により、これを認めることができる。原告の手元に届いたのが退職届のコピーであることは、当事者間に争いがないが、コピーであることにより原告の行為が正当化されるものではない。

(一八) 別紙通知書(2)c記載の事実について

ECNを閲覧場所に備置しなかったことは、当事者間に争いがない。

証拠(略)によれば、原告が人事ミーティングで指定したECNの閲覧場所にECNを備置しないため、給与グループその他の関係者がそれを探すことを余儀なくされ迷惑を被っていたと認められる。

(一九) 別紙通知書(2)d記載の事実について

同事実は、当事者間に争いがない。

催促されるに至った経緯についての原告の主張及びこれに沿う内容の陳述書(書証略)はあながち不自然、不合理とは言えず、これに反する証拠はない。そうすると、(2)dの事実は、これのみでは、原告の勤務成績または勤務状況の不良を示す事実であるとは認められない。

(二〇) 別紙通知書(2)e記載の事実について

原告が入力スクリーンの内容を給与グループに渡すよう指示された事実は、当事者間に争いがない。

その余の事実については、(書証略)(別紙通知書)以外の証拠がなく、同書証の記載のみでは当該事実を認めることができない。

(二一) 別紙通知書(2)f記載の事実について

原告が資料のチェックを依頼された事実は、当事者間に争いがない。

証拠(略)によれば、原告が服部部長から催促されるまで回答しなかった事実が認められる。なお、後にされた回答が適切であったかどうかについては、別紙通知書では問題にされていない(解雇事由の存在を基礎付ける事実とはされていない)。

(二二) 別紙通知書(2)g記載の事実について

証拠(略)によれば、(2)gの事実が認められる。原告の陳述書(書証略)等は、周辺事情はともかくとして、(2)gに記載されている事実自体の認定を覆すに足りるものではない。

(二三) 別紙通知書(2)h記載の事実について

証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、(2)hの事実が認められる。原告の陳述書(書証略)は、その主張に沿う内容となっているが、服部部長のメモ(書証略)の存在等に照らし、たやすく信用できない。

(二四) 別紙通知書(2)i記載の事実について

被告は、(書証略)に記載のとおりであると主張するが、(書証略)以外のものについては、(2)iに記載されていることとの関連性や時期が不明である。

また、(書証略)についても、対応する(人証略)は曖昧であり、原告の陳述書(書証略)の記載を考慮すると、原告の勤務成績または勤務状況が不良であることを示す事実であるとは認め難い。

(二五) 別紙通知書(2)j記載の事実について

同事実については、(書証略)(別紙通知書)以外の証拠がなく、同書証の記載のみでは当該事実を認めることができない。

(二六) 別紙通知書(3)記載の事実について

同事実は、弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

(二七) 別紙通知書(4)記載の事実について

同事実についての直接の証拠は、(書証略)(別紙通知書)のみであるが、この通知書は翌月の九月に作成されたものであることに加え、原告が以前から遅刻が多かったこと(前記(一一)のとおり)を考慮すれば、(書証略)記載の事実を認めることができる。

(二八) 別紙通知書(5)a記載の事実について

原告が、平成八年七月一二日のアドミニストレーター・ミーティングの日程を知らされなかったことを抗議したこと、通常の会話より大きな声であったこと、同日のミーティングの日程が、同月二日の人事部ミーティングで決められたこと、原告が二日のミーティングを欠席したことは、当事者間に争いがない。(書証略)及び弁論の全趣旨によれば、その余の事実も認めることができる。

原告は、同月二日のミーティングを欠席した理由について主張し、同人の陳述書(書証略)及び本人尋問における供述は、主張に沿うものとなっているが、欠席の理由として正当なものであるとは認め難い(かえって、無断で欠席したものであることが窺われる)。

(二九) 別紙通知書(5)b記載の事実について

GSRealtyの社員の異動の件で、原告が「『これはPendingである』とはっきり指示してくれなければ困ります」と抗議したこと、通常の会話より大きな声であったこと、服部部長から、もっと小さな声でと指示されたこと、原告が「これは地声です」との趣旨のことを言ったことは、当事者間に争いがない。証拠(略)によれば、その余の事実も認めることができる。

原告は、原因は服部部長の側にあると主張し、同人の陳述書(書証略)は主張に沿う内容となっているが、仮に原因が原告主張のとおりであったとしても、抗議の仕方が適切であったとは到底言えない。

(三〇) 別紙通知書(5)c記載の事実について

原告が服部部長に抗議をした事実は、当事者間に争いがない。証拠(略)によれば、その余の事実も認めることができる。

原告は、原因は服部部長の側にあると主張し、同人の陳述書(書証略)は主張に沿う内容となっている。しかし、その理由とするところが抗議に値するとは認め難い。まして抗議の仕方が適切であったとは到底言えない。

(三一) 別紙通知書(5)d記載の事実について

主張が具体的ではなく、同事実を認めることはできない。

(三二) 別紙通知書(5)e記載の事実について

証拠(略)によれば、(5)eの事実が認められる。なお、右証拠と弁論の全趣旨によれば、服部部長が原告に求めたのは、文書のコピーを取るという作業ではなく、コピーという形で保管されている文書を渡すことであったと認められる。

(三三) 別紙通知書(5)f記載の事実について

同事実については、(書証略)(別紙通知書)以外の証拠がなく、同書証の記載のみでは当該事実を認めることができない。

(三四) 別紙通知書(5)g記載の事実について

原告が給与グループの退職金関連ファイル二冊を持ち出した事実は、当事者間に争いがない。証拠(略)によれば、給与グループの中村薫治は、約一時間ファイルを探し回ったと認められる。原告は陳述書(書証略)でるる弁解しているが、関係者に迷惑をかけた事実を否定できるものではない。

2  解雇に至る経緯等

前記争いのない事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、アニュアル・パフォーマンス・エバリュエーション(年次勤務成績/状況評価)という制度を設け、年一度の割合で、従業員の年次勤務成績、状況を評価している。この制度では、評価対象者本人、同人が選んだ同僚等八名及び直属の上司(原告の場合は服部部長)が選んだ一名の合計一〇名が、総合評価を含む一〇項目について評価対象者の評価をし、評価対象者本人を除く九名の平均点を算出し、これらを参考にして、上司が評価を決めることになっている。(証拠略)

(二) 平成七年一一月に実施されたアニュアル・パフォーマンス・エバリュエーションにおける同僚等の総合評価の平均点は三・五〇であった(五段階評価で、三は、職責に求められている水準に達していることを意味している)。ただし、時々締切りに遅れる、不注意なミスがみられる等の指摘もあった。(書証略)

服部部長は、右の同僚等の評価を踏まえて、対人関係についてさらなる前進を求められる、細部に対する注意が必要である、不注意なミスがしばしばみられる、しばしば遅刻がみられる等の指摘をしつつも、総合評価を含む各評価項目とも求められる水準に達している(規範については、求められる水準を上回っている)との内容のマネージャー用サマリーフォームを作成して、原告との評価面接を行ったが、指摘された点に対する原告の認識が甘いと感じられたため、面接後、対人関係及び能率/生産性の二項目について、求められている水準に部分的に到達している(部分的にしか到達していない)との評価に改めた。(証拠略)

(三) 原告は、平成七年のアニュアル・パフォーマンス・エバリュエーション後、エグゼンプト社員に昇格できるものと期待していたが、昇格できなかった。原告は、これを不服として、同年一二月一九日、服部部長のさらに上司にあたるブルース・ラーソンに対し書面をもって直訴し、同人から、「ノン・エグゼンプトとエグゼンプトの区分は、管理部全体で検討中であり、年度内に結論が出るので待って欲しい」旨の回答があったが、結局、原告の処遇が見直されることはなかった。(証拠略)

なお、原告の陳述書(書証略)及び供述中には、服部部長がこの直訴を根にもって原告を解雇に追いやったと思われるとの部分があるが、同部長が直訴の事実を知っていたこと自体証拠上認められず、採用できない。

(四) 平成七年一〇月ころから平成八年五月までの原告の勤務状況は、前記1(一)ないし(一三)のとおりである。

(五) 被告は、これまで話し合ってきたにもかかわらず原告の職務上の行動に改善が認められないとして、平成八年五月三一日付けで、顧客との関係、経営理念の認識、締切りの遵守及び不注意の四点を具体的に指摘した上、二か月間の試用期間(観察期間)を設ける、この間に行動が十分改善されなかった場合には解雇されることもある旨の警告書を作成し、原告に交付した。(証拠略)

(六) 被告は、二か月経過後、さらに試用期間を延長することとし、その旨を原告に伝えた。(証拠略)

(七) 右警告書交付後の原告の勤務状況は、前記1(一四)ないし(三四)のとおりである。

(八) 被告は、警告書交付後も原告に改善が認められず、かえって悪化しているとして、同年九月二日、原告に対し、退職を勧告し、さらに同月一二日、別紙通知書を原告に交付して退職を勧告したが、原告はこれに応じなかった。(証拠略)

(九) 被告は、同月二四日、原告に対し、解雇の意思表示をした。

3  解雇事由該当性

解雇事由の存在を基礎付ける個々の事実についての判断は、前記1のとおりである。これによれば、証拠が不十分で認定できない事実、原告の勤務成績または勤務状況の不良を示すとまでは認められない事実も一部にある。また、認定できる事実も個々的には解雇に値するほど重大な事実であるとはいえない。

しかし、認定できる事実は、人事部員として慎重に扱うべき秘密情報等の不適切な取扱い(秘密情報の不用意な伝達、ファイル保管の不適切等)、指示・依頼を受けた事項に対する不適切な対応(取決め違反、間違った回答、回答の遅滞等)、職務上のミスの頻度の高さ(入力ミス等)、遅刻、対人関係のトラブル(上司に対する抗議、同僚への迷惑等)等多岐にわたり、短期間の割に数も多い。これらを総合すれば、平成七年一〇月ころ以降の原告の勤務成績、勤務状況は不良であったといわざるを得ない。同年一一月に実施されたアニュアル・パフォーマンス・エバリュエーションで、職責に求められている水準に達していると評価されたことは、その後の勤務成績、勤務状況についての判断の妨げとはならない。

そして、前記2で検討したところによれば、原告は、度重なる指摘・注意、書面による警告にもかかわらず、状況を改善しようとせず、かえって、服部部長に対し度々大声で抗議するなど、状況を悪化させているのであるから、改善の見込みは乏しいといわざるを得ない。なお、トラブルの相手は服部部長であることが多いが、同部長以外の者との間でも発生していることや、指摘した問題点の性質等からすると、他の部署に異動させることで問題が解消するとも認め難い。

そうすると、原告は、解雇事由を定めた就業規則一三条三項の「勤務成績または勤務状況が不良でかつ改善の見込みが乏しいかもしくは他人の就業に支障を及ぼす等現職または他の職務に適さないと認められた場合」に該当すると認められる。

二  争点2(解雇権濫用の有無)について

原告の勤務成績、勤務態度が前記のようなものであるところ、被告は、上司である服部部長において度々指摘・注意したが、改善しないことから、書面で警告した上で試用期間(観察期間)を設けて改善の機会を与え、それでも改善しないことから任意の退職を促し、その後に解雇したのであり、このような経緯に照らすと、解雇もやむを得ないといわざるを得ず、解雇権の濫用であるということはできない。

三  結論

以上の次第であるから、解雇は有効であり、原告の請求はいずれも理由がない。よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島健太郎)

別紙(略)

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